Profile

岡野永佑(A-SUKE)

 

1978年11月9日生まれ

東京生まれ東京育ち

 

<趣味>

MTB

愛車はEllsworthのMoment。主に里山ライド。たまにDH。

昔乗っていたSantacruzのカメレオンもまた乗ってます!

貸し出しもしますから興味ある方一緒に行きましょう!

 

オートバイ

オンロードバイクも好きですが今はオフロードバイクのみ所有。

車暦はDucti 350XLパンタ→Kawasaki KDX220→BMW R80 & Honda XR400R。

現在の愛車は以下の2台。

 

KTM 640Adventure。希少?な03モデル。主に林道ツーリングに使用。

パニアケースつきで何でも載せられる頼りになる相棒。

 

HONDA XR100R改。こちらは足回りはCR系でエンジンがなぜかXR80Rというカワイコちゃん。

ちょい乗りとコース走るのに使用。

 

スノーボード

基本は飛ばし屋です。どんな雪質でも急斜面が大好きです。

もうなくなってしまいましたがクリッカーのころからのShimanoユーザーです。

今はアキュブレードです。

板はHEAD INTELLIGENCEです。サイズは短めの153。

 

最近スノースクートなる遊びも覚えてしまいました。

こちらはWAILERのフレームにJikkの板履いています。

 

素潜り

全盛期は17m潜れたんだけど。。。今は10mくらいかな?

昔は素潜り教えていたこともありマス。

 

キャンプ

まぁ漠然としていますがテント泊はもはや日常。

基本はソロが多いですが車で大勢のキャンプも大好きです。

 

山登り

実は経験地が少ないのです。

でもそれなりのところには登っているのですが。。。

これからもっと登りたいですね。

 

その他

かじる程度にウィンドサーフィンやボルダリング、フライ&ルアーフィッシングなど。

カヤックとかやりたいなー。

 

 

 

生い立ち

幼少期

某大学付属の幼稚園と小学校に通い、キャンパス内で擬似田舎遊びに興じる。

当時一番の興味は生き物。

昆虫や動物への関心が大きく、今となっては信じられないがクルマや電車などには微塵も興味を抱かなかった。おかげで畑や田園に憧れを持つ一風変わった都会っ子でした。

また、元祖ファミコン世代の東京の小学生でありながら、学校が終わればビワやザクロなどの果実は当然ながらノビルやイタドリなど野草をかじる毎日。当然肥後の守オピネルなどが必需品だった。

 

それと当時空前のアウトドアブームが起こり、岡野家の長もこの波に乗りフライフィッシングを中心としたアウトドア遊びに興じ、わたしにも大きな影響をもた らすこととなるのである。

少年期

小学校から通っていたスイミングスクールのクラスがたまたま水球などの水遊びを中心にする実験クラスに変わる。その後そのクラスはダイビングクラスとな り、素潜りを教えるクラスになる。その後ここでボクは生徒と先生の間に入って教える「Jr.リーダー」なるポジションまで務めることとなる。

また、高校生のとき、当時同じく高校生の写真家・冒険家「石川直樹」と そのクラスで海に行くことになり素潜りを教えたという今となっては恐れ多い経験がある。

当時は17mくらい潜れたけど今は10mくらいだろうな。。

 

また、中学に入ると意気投合した友人と無計画に自転車で旅に出かけたり、電車とバスを乗り継いで田舎までキャンプや釣りに出かけることとなる。ちなみにこのころバスフィッシングブームの真っ只中であり、釣りはもちろんルアーでバスということになる。。。

今考えると結構ミーハーだな。

でも親父の影響でまだ流行ってないフライフィッシングも齧ってましたけどね。

 

もともとモノオタクだたこともあり、アウトドアで使う道具、特にカスタムナイフに興味をもち、カスタムナイフメーカー(ナイフ職人)を志し、「高校も行かない」などと親を困らせ、学生服のままナイフショーに出かけるトンでも困ったチャンに育ってしまったころでもある。

そのころに知り合い、お世話になったカスタムナイフメーカーの山崎英雄氏と町田一止氏は今でも交流を持って頂いている。

青年期

そんなこんなで危ういところで高校に進みキャンプ少年は電車での移動をバイクに変えたいと思うようになる。ただ、当時はお金もなく、両親の理解もなく免許も取らずに憧れだけで終わってしまった。

ちなみに当時憧れたのはアフリカツインなどの長距離オフローダーなのだが、コレが後になって再燃することになるとは。。。

 

高校に行ってもカスタムナイフメーカーになることはあきらめてはいなく、夏休みに前出の町田一止さんの自宅&工房を訪れナイフを作ったりさせていただいた。今となっては不躾極まりないと思うが血気盛んな10代である。許してやってください。

 

が、「中卒をやめて高校に行ったのなら大学も行かないと学歴としては意味がない」という立派な考え方が出来るようになった高校生当時のボクは大学進学を目指す。

金属を学べる学校ということと見た目の美しさを学べるということもあって美術大学で金属工芸を志すことになる。ここにはカメラマンであった親父の影響 も大きく働いたはずだ。

ところで選択肢として理系の大学で冶金学を学ぶという選択肢があったのだが、それは「モテなさそう」という理由によりなかったものとしたことはナイショの話である。

青年期2

高校から大学に入るころに世の中ではスノーボードブームが起こる。

ここまで読んでいただいた方ならお分かりだと思うが「結構ミーハー」などと書いておきながら完全に流行りなどと無縁の高校生活を送ったボクには関係のないブーム。のはずでした。

高校卒業時に「ガラでもナイことをしよう」と友人たちとスキー旅行へ。そこで一人が「スノーボードをやりたいから一緒にやろう」と言い出し、そのガラでもナイ「スノーボード」をやることとなる。

 

そこからあれよあれよとハマってしまい、しまいにゃアルペンボードに乗ってみたりと長きにわたり付き合う趣味のひとつとなる。

結局ブームに乗ってるな。。。

 

1浪の後に入った大学と学部は武蔵野美術大学造形学部工芸 工業デザイン科。履歴書に書くと1行丸々使う。ちなみに小学校も名前が長い。

当初金属工芸に進むつもりだったが「手作り品は1人の人しか幸せに出来ないが大量生産品ならもっと多くの人を幸せに出来る」などと思い工業デザインを学ぶこととなる。

 

また、入学してすぐに予備校の先生が古いかっこいいバイクを手放すというので免許を取って購入。

当時17年落ちのDUCATI XL350 PANTAH改。元の車両はDUCATI史上でも5本の指に入るほどのブサイクだが、NCRレプリカのカウルなどつけていてかっこよかったのだ。ちょうどこんな感じ

ここから今もボクを魅了してやまないオートバイとの付き合いが始まる。 

ちなみにこのバイクは故障が多く買って1週間で6kmは押すという始末。ボクの腕(を太くするの)に貢献した1台であった。

その後国産オフロードバイクと古い外車を行ったり来たり。現在は大して古くない外車のオフロードバイクで落ち着いています。意識はしていなかったものの成年のころに憧れたパリダカ系長距離オフローダーです。あ、遊び&レンタル用に小さい国産オフロードバイクも所有してます。

 

それと大学に入学してサイクリング部に入部。やはり空前のMTBブーム真っ只中。原宿を高級DHバイクが闊歩する時代でした。そこでMTBというこれまた大きな趣味を増やすこととなる。

入部してすぐに偶然フリーマーケットで当時の最高級クランクを破格で手に入れる。これがボクのはじめの1台の始まりである。いざ組みだすと最高級パーツな コトが裏目に出て他もいいパーツが欲しくなる。そしてバイト代が右から左に流れ、組みあがった自転車は相当高価なモノになっていた。。。

でもおかげでいろんなことを勉強できました。

在学中はDHバイク・XCバイク・BMXなど複数台持っていましたが現在はFRバイク1台のみですが、現在昔のXCバイクをレンタル用に組みなおしています。

成人期

大学を出てはじめの就職先は1ヶ月で退職。まだ若く、しょーもない困ったチャンだったわけである。

その後偶然出来たツテを頼りにイタリアに渡りデザイン事務所に出入りする。

おかげで今でも少しはイタリア語が話せるのである。

帰国後デザイン事務所で工業デザイナーとして働くかたわら、「友達の友達はみな友達」なノリでアウトドア遊びの企画を立て大所帯の遊びを運営することとなっていく。

 

しばらくして突然飲食業界に進路変更。

このときすでにアウトドアカフェの構想を持っており、部分的にではあるが現在具現化できている。

同時にアウトドア遊びも登山やウィンドサーフィンなどフィールドを広げていくこととなる。

数年間のダブル、トリプルワークのフリーター生活を送り、2010年1月から縁あって吉祥寺「FREQUENT PAX」内で「BASE CAMP」をスタートすることになるものの1年間でピリオド。

自信も挫折も味わった1年間だった。

意を決してキチンと路面店として独立しようとしたものの、なかなかいい物件にめぐり合えず、結局閉店から半年が経過。

7月より水道橋で新たなスタートを切ります!!